著者:黒木亮
出版社:講談社
定価:1600円+税
発行日:2009年7月1日
本書は、空売り専門の投資ファンドとリストラ経営者の攻防を描いた経済小説である。空売り屋とリストラ屋の対決となると、資本主義の寄生虫として「どっちもどっち」の感があるが、本書における善悪の位置付けは明確である。
主人公(北川靖)は空売り屋である。インサイダー取引に該当しないように注意するなど法令遵守意識があり、ニューヨークの黒人街ハーレムで慈善活動を行う人間味ある人物として描かれる。これに対し、リストラ屋(蛭田明)は株価を上げることしか意識がない拝金主義者である。
企業価値を損なうリストラを行って目先の株価を上げ、自らはストック・オプションで高額の報酬を得た上で、当該企業を他社に高値で買収させてサヨナラする。まさに企業を食い物にするハイエナである。そのようなリストラ屋への義憤が主人公の原動力にもなっており、読者は主人公側に容易に感情移入できる。
優良工場を閉鎖して中国に集約する。その結果、製品の品質が低下し、売上げが落ちる。明らかにビジネスとしては失策である。ところが、それが株式市場では評価され、株価が上昇する。これは人間性や社会正義の点から批判できるだけでなく、経済原理としても非効率である。このような現代資本主義の欠陥が本書で明らかにされる。
この欠陥はアングロサクソン型資本主義に起因すると見なされる傾向にある。由来の研究としては誤りではないとしても、ここには落とし穴がある。日本人にとって「日本社会の根本的な問題ではない。アメリカに染まり過ぎたことが原因」と心地よい責任転嫁の口実に悪用できてしまうためである。
これに対して、本書の設定はユニークである。リストラを断行するのは日本企業で、経営者の蛭田も日本人である。蛭田は英語も十分に話せない人物で、アメリカかぶれではない。反対に日本社会に根強く残る差別意識の被害者としてルサンチマンの鬱屈した人物である。その彼が断行したリストラによって北米支社は縮小され、多数のアメリカ人従業員が路頭に迷う。うつ病やアルコール中毒になるなど多くの元従業員の人生を破壊した。ここでは加害者は日本人であり、被害者はアメリカ人である。
強欲資本主義が英米に端を発したとしても、英米とは比較できないほど人権意識や民主主義が未熟な日本で適用したならば英米以上に悲惨な結果になる。その悲惨さは住む場所も失う派遣切り問題が象徴する。帝国主義や植民地支配が欧米に由来するとしても日本の戦争犯罪を相対化できないように、強欲資本主義も日本の資本主義の病理として直視する必要を実感した。