「第139回 芥川賞」に、なぜ、楊逸(ヤンイー)氏の『時が滲む朝』が、選ばれたのか。そんな?がつく、初の「芥川賞直木賞選考委員会会見の場」に取材という形で、参加した。
会場の「新喜楽」で、報道関係者に配られた寿司折(撮影:筆者)
あの「第139回 芥川賞」に、なぜ、楊逸(ヤンイー)氏の『時が滲む朝』が、選ばれたのか。そんな?がついた、初の「芥川賞直木賞選考委員会会見の場」に取材という形で、参加したのは7月15日。
「書きたい事が、キチンとあるという事、国境をこえなければ見えない事が書かれている事、という2点です」 第139回の芥川賞の選定結果を、伝える高樹のぶ子氏の口調は、なぜかハイトーン気味。
選考委員の間で、かなりの議論が有った事を伺わせる様な緊張感が、伝わる会見だった。候補となった6作品の内、上位2作品に絞りこまれたが楊逸(ヤンイー)氏の『時が滲む朝』と、磯崎顯一郎氏の『眼と太陽』だったという。
7月10日、「第139回 芥川賞直木賞 選考委員会の結果発表」と「受賞者の記者会見」の場に、取材同行のお誘いが有った。もちろんこの様な場に、全く縁がないだけに、躊躇はしたものの、又とない機会と受諾し、15日多くの報道陣に混ざっての取材となったのである。
場所は、超一流の料亭と言われる築地市場横にある「新喜楽」。ここは一切の広告もせずHPもない。一人あたり10万は見ておかなければならない、という老舗の料亭である。営業一本の仕事ながら、不幸にして「新喜楽」を利用しての接待をしなければならない案件も無かった故か、この場所にも興味がわいたのは、言うまでもない。
「新喜楽」に16:00時に到着するも、会場に入れるのが18時と言われやむなく時間をつぶし17時半から玄関前に並ぶ。集まった報道陣はざっと100名。どうぞ、と案内されたのは18時をゆうに超えていた。二階の会見場に通されたところで、寿司折りが全員に配られ、しばし全員腹ごしらえをして待つ事約1時間弱。
受賞者の喜びの会見を撮る報道陣のカメラ群(東京會舘)
ようやく正面に、芥川賞の受賞作として『時が滲む朝』と書き込まれた。程なく選考委員を代表して「高樹のぶ子」氏が、その経緯を述べて、後は記者の質問に答えるという段取りで、事は進んだ。 中国人ながら、日本語の表現に、前作の『ワンちゃん』(昨年の文学界新人賞受賞作品)から、一段の進歩が有ったのも、受賞の大きな理由だという。
内心期待していたのが、磯崎顯一郎氏の『眼と太陽』の受賞である。選考委員の議論に最後まで残りながら、前述の通りの結果となったのは、なぜだろうか。そんな疑問の原因の一つに、選考委員の一人石原慎太郎氏が、体調を理由に欠席だったという事がある。
18日の記者会見では、あらかじめ○△×の中から△で、通知していたと、語る石原都知事。どうみても、石原氏が出席していれば、受賞作の最終結果に大きな影響を及ぼすのは必至であろう。中国に厳しい姿勢をとりながらも、8年後の東京オリンピック誘致を控えているだけに迂闊な発言は物議をかもす。ここは体調を理由にしての、欠席の選択となったと思いたい。「残酷な、政治のもたらす人生の主題について書かれてない。日本語はうまくなったが、物足りなかった」と感想を述べている石原氏。
この『時が滲む朝』は、名門大学に進学した2人の青年、梁浩遠と謝志強は、若手教授や学生たちと議論しながら、「愛国」「民主化」「アメリカ」について真剣に考える様になり、ついに天安門広場に行き着く。そして民主化運動が装甲車によって踏みつぶされ、2人は大学から退学処分となる……。
石原氏は、会見で「天安門事件は、若いエリート達のムーブメントを戦車まで導入して砕く、為政者のやってる政治の無慈悲さ、非合理性ってものが若者たちの人生を狂わした」と指摘した上で「そういった残酷な、政治のもたらす人生の主題が、作品に書かれておらず、物足りなかった」と述べている。 あきらかに限りなく×に近い△である。
中国人である事、母国語が中国語で有る事などの「一切の斟酌はなかった」と、繰り返す高樹のぶ子氏は、自ら強力に押した一人と表明されている。後の直木賞の結果を井上荒野氏の作品『切羽へ』に満票でした」とよどみなく発表する平岩弓枝氏と比べても、やや興奮気味の高樹のぶ子氏だった。
握手する楊 逸(ヤン イー)さん(左)と井上荒野さん(右)(東京會舘)
場所を、東京會舘に移しての「受賞者の会見の場」での、楊逸(ヤンイー)氏の日本語は、かなりのもの。だが、来日してもう20数年もたつが、中国人独特のたどたどしい発音は避けられない。
記者から「中国人の祖国に対する思い」を聞かれて、「中国がもっとよくなってほしい。いろいろな事件も有ったが、目標に向かう道筋にすぎない。中国にとっては良い事と思いたい。もっと、中国がよくなって欲しい」と答えた楊逸氏。
再び記者から「もっと、中国がよくなって欲しいと言われたが、どういうところが、これからの中国に必要なのか」と質問され「どういうところ? それは、莫大(ばくだい)な事、すべてみんなが幸せで有れば良い」というやりとりが有った。
質問者の意を汲めず、具体性を欠いたこの返答では、とても日本語の使い回しに及第点は、つけられない。原稿でもおそらく、日本語の表現に、編集者のかなりの修正が有ったと思われる。
推薦者の「正確な日本語の表現も受賞の理由」には、疑問符がつく。推測するに選考委員の議論は沸騰したに違いない。ましてや石原氏が、もしこの議論に加われば、その結末は、十分に想像がつく。
この「芥川賞直木賞」は元々、株式会社文藝春秋の主催だったものを、第7回から新たに組織された「財団法人 日本文学振興会」が受け継ぎ、現在に至っている。候補作品の選考は、株式会社文藝春秋の月刊誌『オール読物』編集部員、出版部員の総勢20名が多数決で決める。二つの賞のどちらかは必ず、文藝春秋の関連誌に発表された作品が選ばれる。
2008年上半期の芥川賞作品『時が滲む朝』は、文藝春秋刊。 直木賞受賞作品『切羽へ』は、新潮社刊。例年とは比較にならないほど、文藝春秋9月号の芥川賞各選考委員の選評が待ち遠しい。
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