著者:中村俊春
出版社:三元社
定価:4500円+税
80年戦争(オランダ独立戦争:1568〜1648年)の只中を生きた、画家ルーベンス(1577〜1640年)の膨大な作品群から、彼の絵画と政治に関連する取り組みを浮き彫りにする興味ある諸作品が、本書では取り上げられている。
16世紀後半、当時ネーデルラントを支配していたスペインに反発して、80年戦争が起こり、ネーデルラント・アントウェルペンからジーゲンに亡命したルーベンス一家に、ペーテル・パウル・ルーベンスが生れた。
後に、彼はアントウェルベンに、大工房を構える宮廷画家となっただけでなく、外交場裏でも大活躍し、破格の栄達を極めた17世紀絵画の巨匠といえる。一方、その世俗的成功の故に、彼は精神性に欠ける通俗的画家と見なされているようだ。
本書は、彼が本当に芸術の深みに到達し得たか否かを、読者に鋭く問いかけており、また内容の大部分は、2005年に著者が京大に提出した学位論文に基づいている。文体は平明で、また、多くの絵が掲載されており、詳細な説明もある。充実した内容に心を打たれた。さらに各章に、豊富な参考文献や読者に親切な注が存在し、名著と確信する。
現在、全世界的に深刻な動乱に巻き込まれているが、人類の文明・芸術(特に絵画)・国際政治(含む紛争・戦乱)等に対して、些かでも関心を抱く人達に、是非読んで頂きたいと思っている。
各章毎に簡単に感想を述べ、最後に読後感を記す。
第1章 マドリードの《三王礼拝》 ―描き加えられた自画像
冒頭の(図5)《三王礼拝》に関する詳細な説明で、ルーベンスが1608年末に市当局の依頼で作成した、此の絵に関る制作の目的(平和を訴える政治的メッセージ等)、その後の政治的変遷、さらに彼の行った書き直し等に関し、他の研究者達の見解も交え議論されている。
特に、「宗教的象徴の強化」(3節)に関して興味を持った。ルターやカルヴァンは三王を崇拝することに否定的立場にあったが、ルーベンスはカトリック的な象徴的意味を強化する方向で多くの変更を行ったという著者の意見も、その詳細な解説から良く理解できた。
「描き加えられたルーベンスの自画像」(5節)に関連する記述にもまた、興味を引かれた。画面右端に描かれた人物”紫色の衣服、首に金の鎖、剣を吊るす為の豪華な金製の帯を肩から斜めに掛けた貴人”についてである。その容貌が彼自身のものである事も理解できた。
最後に著者が読者に投げかけた問い−拡張されたマドリードの《三王礼拝》に彼が自らを馬上の貴族として描き加えた事への解釈−は、彼の外交活動とそれに関連する絵画活動の解説(詳細に示唆を与えてくれている)も参考としながら、今後も考えていきたい。
スペインとイギリスとの平和実現に努力する外交官として、その任に相応しい貴人として印象づける為、との解釈も出来よう。しかし、彼の真の意図はより奥深くにある、或いは彼の潜在意識を反映した可能性あり、とも考えている。
第2章 ルーベンスとティツィアーノ ―模倣から競作へ
外交任務でスペインを訪れた彼はティツィアーノの作品に強い衝撃を受け、模写を行った。その模写の全体像を、本書は見事に分析している。
私が打たれたのは、模倣から、オリジナルを凌駕する創作へと高める、想像力の旺盛なまた個性豊かな、彼の天才振りである。しかも、当時の彼は外交官としても活躍していたのである。まだ26歳にも満たない彼が、特使として訪れたスペインで、ラファエッロやティツィアーノの作品に驚嘆しており、後者の肖像画を数点模写している。
ルーベンスは、後にティツィアーノによる12の作品を模写しているが、本書ではその内の数点について、詳細な解説がなされている。《アダムとエヴァ》(3節)の解説も微に入り細をうがっており、しかもキーポイントを的確に捉えている。心理的な問題についても得るところがあった。面白いのは、古代人と現代人とを比較して、後者が、運動不足が故に、肉体的美を喪失したとの、著者の指摘であった。
また、晩年の彼がエロス・性愛をしばしば主題としたという指摘にも興味を覚えた。《ヴィーナスへの奉献》(5節)や《アンドロス島の人々》(6節)の解説からは、これらの作品に、ルーベンスの性愛に関する強い関心が表れているということを知ったと同時に、ティツィアーノの作品からの独創的脱却が見られることも覗うことが出来た。
一方でこの時期、現実世界ではルーベンスの外交官としての奮闘も空しく戦争は続き、芸術的な充実と現実世界での失意との間に大きなギャップがあった事も良く理解できた。
第3章 「マルスとヴィーナス」の説話・寓意とルーベンス ―「戦争の惨禍」をめぐって
80年戦争の絶望的な政治・軍事・市民生活の中、外交の舞台から退いた彼が描いた《戦争の惨禍》の解説は大いに興味を引いた。先ず、彼がシュテルマンスに宛てた手紙の内容を引用し、ルーベンスがこの作品に与えていた意味について議論されている。特に「マルスとヴィーナス」というエロチックなテーマを政治的な寓意として利用したのではないか、との問いかけは、本章の以降の議論の方向を示している。
そして、著者は、6節の「ルーベンスの『マルスとヴィーナス』」に至る節々で、多くの画家の絵やテキスト等によって伏線(勿論、此等の記述も非常に興味深い)を引いた。
6節では先ず、彼が「マルスとヴィーナス」を描いた最初の作品について詳細な説明があり、これをマルスがヴィーナスの愛の支配下に入る瞬間のドラマチックな描写であるとした上で、他の画家による作品や、テーマが類似する彼の別作品《戦争と平和》等との対比もなされているが、これらの解説も良く理解できた。
また、このルネサンス以降長い伝統を持つことになる「マルスとヴィーナス」によって平和を寓意する絵画の制作で、ルーベンスは自身が満足できる水準には到達出来ていないだろうとの、著者の見解に私は同意したい(つまり《戦争の惨禍》は彼の絶望の表現)。
本節は、感銘深き本書のクライマックスと言えると思う。そして、死に至るまで祖国に平和が訪れなかったルーベンスには、満腔の同情を捧げたい(平和から戦争へ変換せんとする日本の極めて危険な現状も認識しつつも)。
最終の7節「晩年の政治活動の挫折と諦念」に関連しても、感ずるところが多々あった。若い時期から外交場裏に活躍したとはいえ、善意ある一芸術家でもあったルーベンスには、得る情報にも偏りや範囲の限定があり、政治的判断に客観性を欠いていたものと思われる。
彼が大作をものした、ルイ13世の母マリ−・ド・メディシスの悲劇も、当時の宗教対立を包含した、複雑なヨーロッパの政治状況が然らしめるものと良く理解できた。外交場裏より引退後の作品である《戦争の惨禍》は、第2章で紹介された諸作品や《戦争と平和》等とは異なり、まさしく彼の絶望を代弁した作品であると考えられる。
終わりに、私の独自の感想を付け加えたい。今回、感想文を作成するに当って、以下の6冊(A〜F)の書籍を、図書館から借りた。その他、ルカーチやハイデッガー等の所有の書籍も読んだ。本書との関連付けを行って、大いに勉強になった。それら全てについて触れると膨大になるので、ハイデッガーの1小著についてのみ触れよう。
それは、『芸術作品のはじまり』(1961年、ハイデッガー著、菊池榮一訳、理想社)で、これのごく一部を要約して紹介すると、「総て芸術は本質において詩作。また芸術はまことを作ることとしての詩作」、「設計しながら語ることが詩作」、また「設計とは歴史的国民がその上に独立している閉鎖的地盤を開く事」が汲み取れる。
私はその心血を注がれた絵画や外交努力から判断して、ハイデッガーの説く所からすれば、ルーベンスがまさに「設計しながら語る、或いは行動した人物」であったと考える。確かにハイデッガーに従えば、商品として取引される限り芸術作品は客体であろうが、ルーベンスが平和を願い、或いは絶望の心情を込めた絵画は、作品固有の世界を拓くものであり、自立していると考えてよいと思っている(助手達の作品制作上の関与等々と異議もあろうが)。
最後に、乗馬を55年以上続けた者として、些細と思われるが、ルーベンス作品と馬との関連についても付き記す。第1章では乗馬姿が含まれる作品が多数掲載されている。ルーベンス自身の乗馬姿も見られ、その馬に対する研究の深さがよく判った。作品中で見られる、馬の姿勢は2種類と考えられる。
一つはルヴァードの姿勢で、両後足に体重を掛けて、全足2本を宙に浮かせるのである(乗馬学校、バッキンガム公爵騎馬肖像画等)。彼がこれを熟知していた事は確かであろう。他の多くの作品の姿勢は、速足である。有名な「ユーリヒの勝利」もこの姿勢である(ただ、マリー・ド・メディシスは当時の貴婦人には珍しく横乗でなく馬に跨る姿勢−勝利に相応しいのかも)。
またルーベンスは学者でもあって、絵画のほかにも、古代彫刻の熱心なコレクターでもあった。彼の影響をドラクロワ、さらにルノワールも受けていたようである。また時代を超えて、シュール・リアリズムのジョルジョ・デ・キリコ、表現主義のジャクソン・ポロックにも影響を与えているようである。
今回、本書の感想文を作成するに当って、かなり勉強になった事を感謝している。
参考文献:
(A) クリスティン・ローゼ・ベルキン 著、高橋裕子 訳、『リュベンス』 2003年、岩波書店
(B) 岩淵潤子 著、『ルーベンスが見たヨーロッパ』 1993年、筑摩書房
(C) モーリス・セリュラス 著、平岡昇・丸山尚一 訳、『印象派』 1992年、白水社
(D) 神林恒道・太田喬夫・上倉庸敬 編、『芸術学の軌跡』 1992年、勁草書房
(E) 神林恒道・潮江宏三・島本浣 著、『芸術学ハンドブック』 1989年、勁草書房
(F) ノーマン・デイヴィス 著、別宮貞徳 訳、『ヨーロッパV・近世』 2000年、共同通信社