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『京都冷泉家の八百年』を読んで〜「和歌の家」が守ってきた文化財

中村孔治2006/01/06
平安朝貴族の冷泉家は、時代の荒波を巧みにくぐり抜け、豊かな文化財を保存し続けてきた。当主家を含む6人の識者が、洗練され、かつ平明な文章で、その背景と文化財の価値を解説している。
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編者:冷泉為人<br>
出版社:NHK出版<br>
定価:2000円+税
編者:冷泉為人
出版社:NHK出版
定価:2000円+税
 冷泉家は、歌聖と呼ばれる平安・鎌倉時代の歌人、藤原俊成・定家を祖に持ち、八百年続いて現在に至る「和歌の家」である。また、俊成・定家から遡れば、更に二百年近くも以前の、藤原道長にまで達する家系である。世界的に見ても文化の面で長く優れた歴史を持つ冷泉家は、厳しい状況にぶつかった場面で、時の権力と巧みに折り合い、政治・軍事的大変動を見事に乗り切ってきたのである。
 俊成以降、和歌を中心とする、その文化的伝統は八百年に渡って受け継がれて来た。本書をひもとけば、国宝5件を始めとする数多くの文化財と雅な伝統行事を守り続ける、京都冷泉家を多岐に渉って、知ることが出来、更には、日本の文化を深く理解する糸口になると、私は確信する。
以下、章毎に詳細で豊富な内容と感想を、限られた字数で重点的に述べる。

第1章 冷泉家とは(冷泉為人・冷泉家二十五代当主、冷泉家時雨亭文庫理事長)

 道長の子、長家以来、約一千年の冷泉家系図と平安時代から平成の現在に至るまでの歴代当主の誕生、その死亡の年、各々の生涯の長さが、実線で描いた図で最初に示されている。また、「和歌の家」の歴史、時雨亭文庫所蔵の『名月記』等、国宝五件を始めとして多くの有形・無形文化財等の紹介が簡明に語られ、非常に勉強になった。
 更に、冷泉家が長く存続し得た理由が、日本を代表する多くの典籍等を伝えて来た事に加え、「一流の二流」、つまり公家社会で中級であった事、明治維新後、東京に移らなかった事等が挙げられ、大いに同感した。時雨亭文庫設立の経緯や冷泉家住宅の大修理、『名月記』の修理等にも触れられ、その文化財としての重要性にも目を開かれた。

第2章 冷泉家の歴史〜王朝から中世へ(井上宗雄・立教大学名誉教授)

 23点の参考文献(私も何割かを読了)を挙げて、平安時代の長家から、室町末期の為満まで、15代に渉る冷泉家の歴史を中心に、各時代の天皇、貴族を始め王朝人等の和歌を中心とする文化的状況に触れている。時には、武家を中心の、例えば、源平及び戦国合戦等々の激動期に、冷泉家の文化的状況がどのように推移したか、が分かり易く説明されている。処々に適切に挿入された和歌も、読み進める楽しさを倍化させている。

第3章 冷泉家の歴史〜江戸から明治へ(小倉嘉夫・池坊短期大学助教授)

 江戸時代初期から明治時代に至る冷泉家の歴史を、30点の参考文献を駆使して解説している。大いなる興味を誘われた。例えば、大坂冬の陣の真っ最中に、徳川家康が『明月記』を始めとする古文献を五山の能書僧に書写させた事、霊元天皇の御文庫開封を始めとする多くの御事跡も心に残った。また、為久(労苦を厭わず任務を遂行して急逝)と為村(中興の祖。宮中のみならず全国で門人の育成等にも功績)父子の行為には、心打たれるものがあった。「柿本大明神」、茶の湯、絵画、香道、能樂や俳句等との関連、著名人でもある多くの門人達、果ては天明の大火、新宮町の「てんかさん」等々にも触れている。

第4章 冷泉家の祖・藤原定家とその周辺(赤瀬信吾・京都府立大学教授)

 17点の参考文献(筆者も何割りかを読了)を挙げて、藤原定家とその父俊成を中心に記しているが、定家の子、為家にも僅かながら紙幅を割いている。俊成は1204年、91歳という極めて高齢で亡くなったが、43歳で保元、46歳で平治の乱に遭っている。彼は『千載和歌集』の撰進を後白河院に命じられた5ヵ月後、都落ちする平忠度の有名な「故郷の花」ーー万葉集の柿本人麻呂の歌の本歌取りーーを素知らぬ顔で「よみ人しらず」として採用した。このエピソードから、著者は俊成を、情け深いが芯は強く、やや狡い人柄が窺われると評し、新たな興味を呼び起こされた。
 また、定家については、『源氏物語』からの本歌取りなどして紫式部を、更には白楽天の漢詩を高く評価していた様子が、分かり易く記述されている。
 更には、九歳年長の鴨長明が定家を高く評価していた様子にも、興味を惹かれた。在原行平の『古今和歌集』の有名な歌「立ち別れ・・・」を本歌とする、「忘れなむ・・・」という『新古今和歌集』の定家の歌は、謎や罠を仕掛けており、非常に前衛的な試みである、との論評は非常に勉強になった。また後鳥羽院の、西行と定家を共に天才的とした評価の内容にも得る所があった。後者に対して「喜怒哀楽に揺れる真心の発露が見えない」とした問い掛けは重要であろう。

第5章 冷泉家が伝えた古典籍(田中登・関西大学教授)

 参考文献は3つだが、『冷泉家の秘籍』を始め、何れも閲覧したいものばかり。冷泉家の「御文庫」に保管してある歌集等は、貴重な文化財であり、学問的価値も極めて高い事を、充分に納得した。冷泉家の平安写本や藤原資経写本等々は、極めて希少で価値の高いものとの指摘には、多くの示唆を得て勉強になった。本章掲載図面にも、他章のそれや最初のカラー写真などと同様、大いに興味を持った。

第6章 現代に生きる冷泉家の短歌(冷泉貴実子・冷泉家時雨亭文庫常務理事)

 日本では、明治5年以前は太陰歴を用いて来た事に先ず触れ、『古今和歌集』の最初の在原元方の歌「年の内に春はきにけり・・・」や次の「袖ひちてむすびし水の・・・」 を引用し、京都における新春、立春を実感出来るよう配慮した記述になっている。また、人口に膾炙された多くの和歌を引用し、日本の四季と年中行事に付いて述べている箇所からも、得るところがあった。
 そして、冷泉家の和歌が現代短歌と違うのは、後者が「自分だけの表現で短い詩を作る」のに対して、前者は「私とあなたは同じだと詠む」との分析は、見事だ。また、「冷泉家の和歌が架空であり類型的で陳腐であるが、それが芸であり、日本の伝統文化ではないか」との著者の問い掛けは、今後、充分に噛みしめ、良く吟味し、結論を得て、今後の私の諸活動における糧にしたい。

 以上の各章毎の感想に追加し、全体の感想を以下、箇条書きで簡単に述べよう。

 第一。6人の著者達が操る日本語は、洗練され、平明。本書のテーマは、決して単純素朴ではないにも関らず、殆どの場合、私も非常にスムーズに内容を把握できた。

 第二。私は昭和45年から50年迄の短かい間だったが、原真弓という先生に万葉調長歌を懇切に、ご指導頂き、以来、長歌、短歌(反歌)、旋頭歌、片下ろし等を、長年、詠んできた。その初期のころ、定家が源実朝に万葉集を貸した事を知った。実朝の歌風に、定家がどのような影響を与えたかは分からないが、定家の根底に万葉もあろうと私は確信している。

 第三。冷泉家の和歌の根底に、天台教学の根本思想である一念三千や空・仮・中の素晴らしい哲理があると、私は思っている。以前読んだ岩波文庫の中世歌論集で、歌人の心得として、定家が上記の哲理を述べていた、とする記述があったと記憶している。本書では触れられていないが、冷泉家の和歌の根本には極めて深遠な、天台教学・法華経の哲理が存在するに違いない。

 第四。平安時代の天台佛教等に関する、王朝貴族達の教養の高さに、気づかされた。多くの文献からも、彼等の生んだ和歌や物語を始めとする文化は、全世界的水準に照らしても極めて高かったことが窺える。恵心僧都源信、紫式部、清少納言を始め、、本書で紹介された多くの歌人等々を頂点として、長い時の流れの中で国民の広い裾野にまで影響を及ぼし、今日に至っている。冷泉家の持つ和歌の心はその典型の一つである。蛇足だが、今日、わが国の文化のトップ層にある人々が、世界に誇り得る文化創造を、どの程度成し遂げているか、問いかけたいところだ。

 第五。冷泉家が約一千年続いた理由を、私なりに考えてみた。本書第1章三と関連するが、時の権力への対応が実に見事であった。一例を挙げる。ーー俊成は『千載和歌集』編纂を命じられた年に平家の都落ちもあり、源氏の時代到来を知った。その彼は、源氏に対する配慮から、作歌者が実は違うのだが、彼らの祖先である源義家が詠じたとして、「吹く風をなこその関と思へども・・」を和歌集に載せたーー。こんな説を以前、読んだ記憶がある。真偽の程はさて置き、この逸話にも、冷泉家の時代・権力への柔軟な対応が示唆されている。

 今回の感想文執筆には、手持ちの書籍を参考にした。例えば西村真司次著『万葉集の文化史的研究』で、万葉時代既に七夕説話や太陰説話が存在した事等々を知った。その他、相良守次著、『日本詩歌のリズム』、福井久蔵著『枕詞の研究と釈義』、堀田善衛著『定家明月記私抄‐続編』等々も参考になった。2005(平成17)年の大晦日に、このような良書の感想文を記し得たのは、一つの記念であり、非常に嬉しく思っている。 (完)

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