写真・文:岩田アキラ
出版社:NHK出版
定価:2800円+税
古来創作された謡曲は2000番余である。しかし、戦後の現行曲は、各流派を合算して、240番前後であるようだ。その内、能会は勿論、謡会ですら全然演奏されない曲もある。
本書の上巻に、京都・奈良を舞台に物語の展開する能61曲、また下巻に、東北から九州までの各地を舞台に物語が展開している能77曲が取り上げられている。そのほとんどすべてが代表的名作として、よく愛好家や世人に知られた謡曲であり、また珍しい曲目も含まれている。
著者の取材は平成元年から平成18年にかけての長期にわたっている。実際に、能のゆかりの地を訪れ、撮影した墓碑や建物および、能舞台上の登場人物の写真および各曲目の「あらすじ」や曲目の舞台・土地、さらに登場人物に関する適切で簡単・明瞭な説明文はすべて、読者の多面的理解を助けるものと確信する。
本書の上・下の巻頭で、1ページを割き「この本の見方」が記載されている。その一部に、「本書を手に、夢幻能の世界へ、夢の舞台となっている古跡へ、旅していただけたらと思う」との文章がある。私も暇を何とか捻出して、著者が言うように、新しき発見や物語の主人公になったかのような幻を見る、といった素晴しい体験をしたいものである。
本書は、非常な労作であり、いずれかのページを開かれたならば、能楽愛好家の方々は、たちどころに、その真価を認め得ると思う。さらに、言うまでもなく能の初心者の方々にとっても最適の入門書であり、本書上・下巻共々、江湖に広くひも解かれるべき書物であると確信する。
本書の巧みな分類に加えて、私は主人公(シテ)による分類を付加する。
<A>男(含む男神)、男神が人間の前に現れ、天地人を祝福。過酷な運命を生き終えた男達が物語る
<B>女(含む女神)理不尽な運命を生き、死んだ老若の女性の物語
<C>鬼・怨霊・精霊・天狗・妖怪等人間界超越した主人公の物語(それを、夫々 以下の曲目に表示する)
3者共、僧侶が現世に執心を残している死者や怨霊の菩提を弔う場面がかなり多い。
以下順を追って、特に、私が興味を持った点のみをピックアップして、ごく簡単に感想を述べ、最後に私独自の感想を記述する。
上巻(京都・奈良編):
葵上…<B>シテが六条御息所の霊であり、葵上に取り付いた怨霊である。特に後シテは鬼相で、<C>と思うが、文献(F)に従う。舞台は京の一条大路と戻り橋。葵祭を見た事もあり、感興大。
定家…<B>源平の合戦に運命を翻弄された、式子内親王の墓に絡まる定家葛に関連する物語。定家及びその和歌に付き勉強した経験有り。お墓は舟院(千本今出川交差点の東北)。
大原御幸…<B>寂光院に住む建礼門院を夏のある日、後白河法皇が慰めに訪れ、女院から平家一門の滅亡の様子を聴き、見送られ帰る。寂光院に放火以前、私は四季総て訪れた。
鞍馬天狗…<C>牛若丸と前、後シテ‐山伏、天狗(仏教と正義の護持、神通力による高慢は挫かる)花見時の物語。写真と文章から未訪問‐本曲の舞台を訪れる事を切望。
融…<A>光源氏のモデルと言われる源融と東国の僧の物語。舞台の五条大橋西詰の南西にあった六条河原院は、現在の渉成園(枳殻邸)に似る。昔訪れた記憶あり、再訪したい。
熊野…<B>熊野が仕える宗盛との病の母を巡る物語。舞台は清水寺子安塔。母娘の墓のある、天竜川東岸、池田の所縁の寺で房が1m以上の長藤が咲く(5歳時に登り長藤房を折取り、管理人が咎め父の詫びた姿を、75年余経た今、藤の香、蜂の羽音と共に想起する)。
西行桜…<A>西行(ワキ)と桜の精(シテ)との物語。舞台は西行が武士を捨て出家し歌人ともなった小塩山勝持寺(花の寺)。私は『山家集』等の和歌を愛し、吟詠もしている。
春日竜神…<A>明恵上人(ワキ)と前、後シテの宮守の老人(時風秀行)、龍神との物語。舞台は春日大社(数回参詣)。仏教的色彩が多い能楽中、春日大社の神徳賛美の」異色能楽。
土蜘蛛…<C>僧・土蜘蛛の精(前・後シテ)源頼光と胡蝶(ツレ)一人武者(ワキ)等多く登場。『平家物語』等より構成に興味あり。土蜘蛛とは大和朝廷に従わぬ列島土着民。
下巻(東北〜九州編):
殺生石…<C>玉藻前に化けた妖狐が退治され、執心が殺生石となり、上を飛ぶ鳥を殺した。玄翁上人の弔いで全く消え去る。舞台は那須高原・殺生石。昭和40年代迄2度訪問。
隅田川…<B>梅若丸の母(シテ)渡し守(ワキ)梅若丸(子方)等出演。梅若の聡明に過ぎる為の悲劇。舞台は木母寺と梅若塚(前年に忠圓阿闍梨が村人と梅若の亡骸を葬った)。
小袖曽我…<A>曾我十郎(シテ)五郎と兄弟の母(ツレ)等の仇討前の物語。舞台は曾我の里。小田原市曽我の城前寺での討入時松明に因む「曽我の傘焼き祭」に何れ訪れたい。山姥‐<C>山の女、山姥(前、後シテ)と遊女百万山姥(ツレ)等の物語。舞台は糸魚川市の上路の里、山姥神社。山姥とは、先住民族の末裔、山の神に仕える巫女の妖怪化、地母神の劣化。古事記イザナミを難産死後葬る「比婆山」が山姥の語源とも、空想を呼ぶ。
安宅…<A>武蔵房弁慶(シテ)源義経(子方)富樫(ワキ)等の物語。舞台は安宅の関。『吾妻鏡』に関へ桜の頃来たと記す。歌舞伎十八番「勧進帳」は能を基にし、此れも名作。
姨捨…<B>里の女、老女の霊(前、後シテ)都の男(ワキ)等の物語。舞台は千曲市姨捨山。里の女が『古今和歌集』の歌を挙げ、己が姥の霊だと言い消え、満月の下、老女の霊が極楽を描写して舞う。練達の先人達が、和歌や俳句に多く詠む。それに私も肖りたい。
巴…<B>里の女、巴御前の霊(前、あとシテ)旅の僧(ワキ)等の物語。舞台は粟津ヶ原。木曾か来た僧に、里の女が義仲を祭る神に経の読誦を依頼して消え、巴御前の霊が現れて、合戦の様子を語り、回向を依頼する。6年間、高蔵寺駅付近に住み、木曾駒ケ岳に2回登山し、木曾谷は多数回訪れ、福島駅前の巴の騎馬銅像も見、非常に想い出多き土地。
道成寺…<B>白拍子、鬼女(前、後シテ)道成寺住職(ワキ)等の物語。後シテが鬼女で<C>とも思う。舞台は道成寺(私は未訪問)。住職の昔話は、安珍と清姫の悲恋伝説とやや異なり、山伏が焼殺される。今、蛇体に娘の霊が現じ、僧達の祈りで日高川に消える。
敦盛…<A>里の男、平敦盛の霊(前、後シテ)蓮生法師(ワキ)の物語。舞台は須磨の浦(曾遊の地)、須磨寺。熊谷次郎直実(出家し、蓮生法師)の夜を籠めての念仏供養に、平敦盛の霊が感謝して、立ち去る。他に、『平家物語』、歌舞伎『一谷嫩軍記』等で有名。
高砂…<A>木守の老人、住吉明神(前、後シテ)木守の姥(前ツレ)旅<同行>の神職(ワキ、ワキツレ)らの物語。舞台は高砂神社。夫婦和合、天下泰平、歌道繁栄等を相生の松の栄が表すと松の精である老夫婦がほのめかして去る。何度も招待され、結婚式で謡った。
景清…<A>景清(シテ)人丸、従者(ツレ)里人(ワキ)の物語。舞台は生目神社、景清廟。猛将だった彼は平家敗亡後、日向に下り乞食琵琶法師に身を窶した。娘の人丸が訪れ父娘の対面、彼の武勇の語り等が心を打つ。宮崎市に16年勤務し神社には何度も詣でた。
以上で一応、個別の曲目に関する感想文を終えるが、他にも書きたい事は多いが割愛する。なお、詳細は割愛するも、上巻の、「紫式部 源氏物語と能」、「猿楽(能楽)と世阿弥」、「なら興福寺の薪能」、「春日若宮おん祭」、「能の基礎知識1」下巻の「阿弥と佐渡」、「厳島神社桃花祭」、「能の基礎知識2」は非常に興味があり得る所大であった。
最後にごく簡単に感想を付加する。
昭和29年の春頃と記憶するが、当時都電大曲駅付近に能楽堂を持つ、観世流浅見家の新進気鋭な跡継ぎの方に、謡の手ほどきを受け始めた。上記能楽堂で能を見学した経験もあった。その後転勤等で、関連のものを読書する事はあったが、此の道とは長く全くご無沙汰であったと言い得る。今回、上・下卷で21曲につき感想を書いたが、以外で習った曲もあった。以上は、遠い昔の事のようだが、現在、本書の感想文を書く幸運を得て、下記の参考文献等を座右に置き、随時披く事もあり、それは、無上の楽しみの一つと言い得る。
今回は特に、文献(K)に関連して記す。本書も立派な書籍である。ただ、日本古来の芸術に関する記述に欠けるのが残念である。世阿弥を始めとして、世界に誇りうる人々がいるのは否定できない事実であろう。
あえて言うならば、渡辺氏が言う、ディオニュソス的なものの不条理の深淵等を、日本人の達識の人々に、能楽より探り出して戴きたいと思っている。
参考文献:
(A)世阿弥著、『風姿花伝』 1958年、文庫―岩波書店
(B)梅若猶彦著、『能楽への招待』 2003年、新書―岩波書店
(C)馬場あき子文、堀上謙写真、『源氏物語と能』1995年、婦人画報社
(D)秦恒平文、堀上謙写真、『能の平家物語』 1999年、朝日ソノラマ
(E)多田冨雄著、『脳の中の能舞台』2001年、新潮社
(F)多田冨雄監修、森田捨四郎写真、『名作能50』 2005年、世界文化社
(G)渡辺淳一著、『秘すれば花』 2001年、サンマーク出版
(H)横浜能楽堂編、『能楽史事件簿』2000年、岩波書店
(I)丸岡明著『観世百番集』昭和34年、能楽書林
(J)村山修一署『藤原定家』昭和37年、吉川弘文館
(K)渡辺二郎著『芸術の哲学・放送大学教材』1993年、放送大学教育振興会