著者:中谷剛
出版社:凱風社
定価:2000円+税
今年1月27日はアウシュヴィッツ強制収容所解放60周年でもあり、国連総会でのアナン総長やドイツのシュレーダー首相の演説も報道されていた。アウシュヴィッツには、一度訪れたいと長年思っていた。
アンネの日記で初めてナチスの大量虐殺を知った。その後、ホロコーストに関する映画を観たり、本を読んだりしたが、断片的にしか事実を知らなかった。その歴史的経緯や実態はどうだったのかを知るために、そしていつか現地を訪れる時のためにも、この『アウシュヴィッツ博物館案内』を読んでおきたいと思った。
著者の中谷剛さんは、1966年神戸生まれ、20歳の時にはじめてポーランドを訪問し、その後3年の会社員生活を経て、1991年からポーランドに永住し、現在、国立アウシュヴィッツ・ミュージアムで唯一の外国人公式ガイドとして活動している。
アウシュヴィッツ強制収用所はポーランドのオシフィエンチムにつくられ、町の名前もドイツ語に変えられた。第1収容所は、1940年6月にポーランド人の政治犯収容のため建設され、さらに3キロほど離れたビルケナウに第2収容所が絶滅計画の実行のために建設され、そのための強制労働が行われた。
年間57万人もの人がここを訪れるという。以前は、ポーランドの若者が教員につれられ社会見学の一環として来るのが中心だったというが、現在では66%が外国人であり、アメリカ、ドイツ、イタリアとヨーロッパ諸国から、日本からも6700人(2004年)が来訪している。
本書の第1部「オシフィエンチムで」は、ナチスの強制収用所がポーランドにあり、そこでユダヤ民(著者は、ユダヤ人という人種が存在しないから、「ユダヤ民」という表現を使っている。また、ジプシーは差別用語のためロマ・シンティという表現を用いている)の大量虐殺が行われた事実、そして収容され虐殺されたポーランド人も16万人ほどいた事実を紹介する。
また、オシフィエンチムに在住している著者が、生活の中からみたポーランド人や同僚の博物館職員、博物館を来訪するドイツ・日本など戦争犯罪国の人、それぞれがどのようにこの過去にむきあうのか、未来にいかすのかが述べられている。
第2部「写真でみるアウシュヴィッツ強制収用所」は、アウシュビッツ=ビルケナウ国立博物館所蔵の写真で構成されている。 第3部「アウシュヴィッツ・ミュージアム」は、公式ガイドとして詳細な案内がされている。ガス室へ送られた半数は、女性であり、20万人といわれる子どものうち14歳未満の子ども母親と一緒にガス室に送られたこと。「人種学」研究と称して卵巣摘出、不妊実験、双子の人体生体実験が行われていたこと、同じユダヤ民が特命労働隊員として同胞をガス室に送り死体を焼却する等々、アウシュビッツで行われていたことは、「残虐」「非業」という言葉では言い尽くせない、人間とはどんなこともできるのだ、という事実を見せ付けられ、深い悲しみでいっぱいになってしまった。
この本を読み終えるのにはとてもつらく、何度も何度も中断しながら読んだ。人間とは、こんなにもむごいことができるのか、非人間性はいったいどこからくるのだろうか、人間とは何か、と改めて考えさせられる。
「人間なんてそんなものさ、本当に大切なものは何なのか、日頃からしっかり見据えておかないと、いとも簡単に化物に変身してしまう。私の見るところ、人間には3つの弱点がある。エゴイズムと、飽くことのない欲望と、互いに反目する心だよ。昨日もトルコで爆弾テロがあったね。皆が今起きている事を真剣に受け止めて、一致団結対処しないと、化物が勝利を収めることになるかもしれない」(特命労働隊として働いた人の言葉<p.48>)には、大変な重みを感じる。
続けて「イデオロギーや外見を基準にして、人をそれぞれ別の袋にいれて考えてはいけないと、私は思う。みんな人間なんだ――これが大前提。私たちは、1つの袋のなかにいて運命を共にしている。ドイツ人にも、SS隊員にも、そしてポーランド人やユダヤ民にもいろいろな人がいた。いい人も、悪い人も・・・・」という言葉を、人間の計り知れない闇をのぞいた人の警鐘として受け止めたいという著者の言葉に全く同感である。
この人類の負の遺産をどのように語り続けるのか、アウシュヴィッツを訪問したことのない私もこの本から大きな課題をもらった。