筆者:新崎盛暉
出版社:凱風社
定価:2200円+税
「まっ、しょうがなくねェ?」という口癖の友人がいる。学生時代、国際情勢や日本国内の問題について議論していると、その友人は決まって、「まっ、しょうがなくねェ?」と言う。なぜ一言で簡単に済ませるのか。様々な問題について自分の頭で考えることを止めてしまったのか、私には理解することができなかった。
2003年、イラク戦争開戦が不可避という状況になりつつあるなかで、世界的に広まった反戦運動。私は世界的に連帯しつつあった反戦運動の輪に加わることで、戦争反対を訴えた。それは、私が今できることとは何か、を考えた上での行動であった。
しかし、その運動を無視するかのごとく戦争は始まった。テレビを通して映し出されるイラク戦争を見て、私は一体何をしてきたのだろうと思い、無力感に襲われたことを覚えている。
それから私は、「まっ、しょうがなくない?」と話すことが多くなった。「まっ、しょうがなくねェ?」は、自分の持つ力の可能性を信じることが出来なくなった、その裏返しではないかと思う。
考えてみると、2001年から2003年の僅か3年の間に、国際情勢及び日本の状況はめまぐるしく展開した。9・11テロ事件、アフガン攻撃、イラク戦争……。これから日本を含め、世界はどこに向かって進むのか。
本書はこの期間において、様々なメディアを通して発表した著者の評論集である。特徴を二点挙げるならば、その一点目は、「民衆運動」の持つ力と、その可能性である。民衆運動を構成するのは私たち一般の市民であり、その一人ひとりが持ちうる力は、世界をも変革できる可能性があることを、確信を持って述べている。
その確信は一市民である著者自身の活動の原動力になっており、それは著者が描いている世界とは逆の状況になりつつあっても、決して悲観することなく、発言をやめないという姿勢から伺い知ることができる。
二点目は、沖縄の視点から、日本、さらには世界を考えるという一貫した姿勢である。沖縄の特殊的な歴史体験が、「今」を考える上で必要であること、さらには沖縄の声を「本土」の私たちがどれだけ耳を傾けているだろうか、ということを考えさせる。
本書は不安定な状況の中で生きる私たちにとって、これからの世界や日本を考える上で参考になる一書である。
私は「まっ、しょうがなくねェ?」と言わないことを決めた。なぜなら「われわれには沈黙することも、絶望することを赦されない」のだから。今、あの友人に薦めたい本である。